中国大連で日本語を教えています。日本語を教えながら感じたこと、気づいたことなどを記します。


by nihongobaka
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応用が利かない動詞

普段使っている言葉の中には本来の意味を意識せずに使っているものがある。

1.「風邪をひく」
この「ひく」はどういう意味だろうか。
辞書(エキサイト大辞林)を見てみると、「自分の体の中に入れる」こととある。
つまりは「風邪」というものを体の中に入れることらしいが、この「ひく」という動詞はほかの病気には使えない。ほかの病気の場合は「かかる」を使う。
「風邪にかかる」と言うこともできるのだから、「肺炎をひく」「エイズをひく」などと言えてもよさそうなものだが、できない。
「体の中に入れる」という意味なら、他のものを入れる意味にも使えそうだが、「ごはんをひく」「薬をひく」などとも言わない。
つまり、この意味での「ひく」は「風邪」にしか使えない。

2.「傘をさす」
この「さす」は何だろう?
同辞書によると、「頭をおおうように傘を持つ」ことだそうだ。ということは、この「さす」という動詞はもともと傘のために存在しているのか。「さす」には非常に多くの意味があるのだが、もう少し見てみると、「両手で物を高く上にあげる」とある。どうやら、「さす」にはもともとこういう意味があり、そこから、傘に用いられるようになったようだ。
この意味の「さす」も「傘」以外の名詞には使えない。

上記にあげたものはひとつの動詞に対してひとつの名詞しか対応していない例だが、こういう例はほかにもきっとあるだろう。こういう動詞は日本語を教える側にとっても習う側にとってもやっかいだ。せっかく、「ひく」「さす」という動詞を覚えても、それぞれ、「風邪をひく」「傘をさす」しか言えない。本来なら、ひとつの動詞を覚えたら、名詞を入れ替えて色々な表現ができるはずである。なんとも「無駄」というか「ぜいたく」というか、不思議な動詞である。
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by nihongobaka | 2006-11-29 18:23 | ことば

「どうな」「ほんが」

特殊拍と呼ばれる三つの音、長音(伸ばす音)、撥音(「ん」)、促音(小さい「つ」)は外国人にとって、聞き分けがとても難しい。わたしの学生は特に長音と撥音をよく聞きまちがえる。発音を聞いただけでは正しく発音しているように聞こえるのだが、書かせてみると、正しく理解していないことがよくわかる。

中でも、最近気になったのは次の二つだ。

田中さんはどうな人ですか。
鈴木さんより田中さんのほんが背が高いです。

それぞれ、正しくは「どんな」、「ほうが」だが、このように書く学生が非常に多い。
一方は撥音が長音になり、もう一方は長音が撥音になっているが、どうやら彼らの耳にはこのように聞こえているらしい。
これは中国語の発音規則と何か関係があるのだろうか。
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by nihongobaka | 2006-11-20 14:17 | ことば
「知りません」

動詞の「~ます」の形は未来の動作(例1)や習慣的な動作(例2)を表し、現在の状態を表すには「~ています」の形(例3)にしなければならない。

例1:わたしは明日学校へ行きます
例2:わたしは毎朝牛乳を飲みます
例3:鈴木さんは今本を読んでいます。(進行中の動作)
   田中さんはいすに座っています。(動作が完了した状態が続いている)

よって、「知ります」は未来の動作を表し、「知っています」は「知る」という動作が完了した状態が続いていることである。

通常「~ています」の否定形は「~ていません」だが(例4)、「知っています」だけは「知っていません」とはならず、「知りません」となる。

例4:「座っていますか」「いいえ、座っていません」

「~ます」は未来の動作を表すので、「知りません」は未来に「知る」という動作が行われないという意味になるはずだ。だが、実際には現在の状態を否定している。

これは一体なぜだろうか。学生には習慣的にこのように言うと指導しているが、今のところ、明確な答えは見つかっていない。
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by nihongobaka | 2006-11-10 17:50 | ことば
「多い+名詞」

「多い」は外国人用の文法では「い形容詞」、国文法では「形容詞」である。
形容詞は名詞を修飾するとき、名詞の前に置かれる(例:「おししい料理」「大きい家」)。ところが、「多い」はそのまま名詞の前に置くことができない。

「公園に大きい木があります」(○)
「公園に多い木があります」(×)

名詞の前に置く場合は、
「公園に多くの木があります」としなければならない。
ただ、この言い方は少し堅いので、会話なら、
「公園に木がたくさんあります」と言うのが普通だろう。

「多い」の対義語の「少ない」もこのままの形で名詞を修飾することは少なく、
「公園に少ない木があります」はだめで、
「公園に少しの木があります」あるいは「公園に木が少しあります」としなければならない。だが、「少ない給料で何とかやっている」のように名詞の前に置いても違和感がない場合もある。

「多い」は形容詞なのになぜそのまま名詞を修飾できないのか理由はわからないが、学生には次のように教えている。

「多い」「少ない」はそのまま名詞の前には置かず、「多くの」「少しの」という形にしなければならないが、通常は「たくさん+動詞」「少し+動詞」のように副詞を使う。
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by nihongobaka | 2006-11-08 16:34 | ことば
「7時にごはんを食べます」

動作の完了までにある程度の時間を要する動詞(見る、読む、働く、勉強する等)を継続動詞、動作開始から完了までにわずかな時間しか要しない動詞(起きる、座る、持つ、出る等)を瞬間動詞と言う。

通常、継続動詞は「時から」「時まで」という表現と共に使われ(例1)、瞬間動詞は「時に」という表現と共に使われる(例2)。
これは、助詞「から」「まで」はそれぞれ動作の起点と終点を表し、助詞「に」は動作が起きるある一点を表しているためである。

例1:9時から5時まで働きます。 8時から10時まで本を読みました。
例2:朝6時に起きます。 5時に会社を出ました。

上記例1と例2の助詞をそれぞれ入れ替えると非文となる。

ところが「食べる」は継続動詞であるにもかかわらず、最初にあげたような表現が可能だ。
むしろ、「7時からごはんを食べます」のほうが不自然に感じる。

では、似たような使い方をする「飲む」はどうだろうか。

「1時に薬を飲みました」

この文では「薬を飲む」が瞬間的な動作であるため、「に」でなければ不自然だが、

「今晩6時にビールを飲みます」
「今晩6時からビールを飲みます」

上記の文では「から」のほうが自然ではないだろうか。

すべての動詞を検証したわけではないが、どうも「食べる」だけが特別なように思う。
どうして文法的には誤りであるはずの文が自然な文なのか、わたしには説明できない。
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by nihongobaka | 2006-11-07 18:03 | ことば